peaceなひとびと

フラッグを掲げる人々を訪ね、暮らしぶりを拝見し、お話を伺います。

閑静な下鴨の一角、いつも季節の野花が生けられ、美しいしつらえで迎えてくださる韓国骨董&ギャラリー「川口美術」。オーナーの川口慈郎さんは、一見、おっとり上品な物腰の紳士だけれど、じつは若者顔負けの好奇心と、楽しいことや美味しいものを求めて軽やかに追いかけてゆくフットワークの持ち主です。I hope peaceの旗を縫いつけたかわいいエコバッグを肩にかけ、ぷらっとKyoto farmers marketに遊びにやってきて、いつもあたたかく心強い応援をしてくださる。そんな素敵な人生の大先輩にお話を伺いました。

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川口さんがお店を始めたのは24年前。いくつかのホテルで約30年勤務した後、55歳で退職。木造の山荘風の瀟洒なこぢんまりとした建物、階段の踊り場や部屋の片隅にまで人をもてなす遊び心が行き届いた・・・そんな居るだけで楽しくなるようなクラシックホテルに憧れ、追いかけ、ときには誕生の瞬間にも関わった幸せなホテルマン人生に一区切りつけ、人生の岐路に立って始めて振り返ってみると、自分がこれだけは一番大事にしてきたというものが「感性」だった。その力を信じて作り手になってみようかとも一時考えたけれど、やはり自分の原点となったクラシックホテルの建物や調度が好きであること、普段の暮らしの中でも奥様の御祖父様の集めていた骨董を選んで並べたり、そこに奥様が花を生けて遊んだりと、どうしても古いものにときめいてしまう川口さん。感性を生かしてものの選び手となろう、そう決意して、骨董を扱うことにした。

一口に骨董といってもさまざまなジャンルがある。けれど商いをするなら、絞り込んだ分野に特化し、差別化して商うのが良いと思っていたという。当時は韓国が経済的に大成長を遂げた時代。高速道路の建設が盛んになり、地面を縦横に掘り起こすうちに出てきた大量の新羅土器の一部が日本にも流出していた。須恵器を思わせる、よく焼きしまった水漏れしない器は花を生けるのにぴったりで、花が長持ちする。他の骨董よりかなり手頃で、数も揃う。奥様が好きだった花も生かせる。これだと思った。それからは、開店に向けて一直線。新羅土器を買い集めるところからのスタートだった。

どこまでも自分の感性にこだわっていく川口さんは、韓国の物を置くのにガラスのキャビネットもないだろう、とバンダヂ(韓国箪笥)を什器に揃える。するとそれが欲しい、とお客さん。売れてしまうと陳列ができないので買い付けに韓国に行く。そこでまた、あれこれ見つけて買ってくるというサイクルができてきた。店の将来を模索して、タイや中国など他のアジア諸国にも買い付けに行ったりと、多少の紆余曲折もあったけれど、あるとき雑誌の取材で朝鮮の家具を扱う店として紹介されたのをきっかけに問い合わせも増え、紛うことなき韓国の骨董専門の店となっていく。やがて韓国の焼き物を研究しに来店する作り手さんとも縁ができ、不定期でギャラリー活動もすることになった。また、朝鮮時代の白磁の窯跡探訪が縁で韓国の陶芸の技術復興に協力し、青松郡と親友盟約を結ぶなど民間の国際交流を推進してこられた。

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こんな風に、自分の美意識と縁が繋がって川口美術を育んできた感性と、糺の森の住民運動に立ち上がった(2015年、古代から続く自然林・糺の森の南部を壊滅させる下鴨神社境内マンション建設計画の中止と世界遺産でもある糺の森を守ろうと、自らも初期共同代表として「糺の森未来の会」をたちあげた)感性の源泉はまったく同じところから来ている。と川口さんは言う。

「店を始めた24年前に、すでに町並みが壊れてゆく危機感を強く感じていました。長年海外から京都に遊びにきていた方たちから、もう京都はだめだね、と言われることもあったんです。それでも京都市中のあちこちで住民の働きかけによってたくさんの開発や建設が止まってきたという土壌もあるし、景観条例というのが本当の意味で有効なのは単に何階建て何メートル、という数字上の話ではなくて、ここに住んでいる人たちが美しいと思う風景を守ること、皆が日常生活の中で眺めている東山の稜線がいいよな、鴨川の河原から見る夕日がいいよな、という美意識が住民たちの間で共有されることがベース。それは既に出来ているだろうと思ってきました。ところが将軍塚(2014年に大舞台建設)や梨木神社(2015年に境内にマンション建設)を見ていると、あれ?これを通してしまうのか、これは危ないぞと。そんなときに糺の森でもまったく同じ問題が起こった。まさかと思った。今まで具体的な行動はしてこなかったけれど、自分の住む場所でこんなことが起こってしまったらもう立ち上がらなければ、と思って矢も盾もたまらずに動いたという感じです」

そうはいっても、いろんな方がお店に来られる中で、かなり勇気のいる行動なのではないか、必ずしも応援してくれる人だけではないだろうし、物理的にも忙しくなるし、葛藤はなかったか、そう尋ねると「僕にとっては骨董を扱うことと自然を守ること、それは同じことだから、商売とこの住民運動は別ということにはならなかったです」ときっぱり。

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「骨董は物ですが、自然の積み重ねで生まれた景色があって、それは人の生活や仕事の跡や時間の経過が刻み込まれていて、ちょうど木が育って枝が伸びて小鳥がきて、枯れて・・・というような自然の営みと同じことで、それに勝る美しさはないと思っています。店に来られる方々とも価値観を共有できていたし、そこに皆さん共感して、応援してもらったように感じています。署名もたくさん集めていただきました。間違っては居なかったと思う。でも、たとえばのぼりを立てる、というのはできなかった。糺の森を大事にしようという感性を持っていながら、街の景観を潰してまでの主張というのがね、甘いかもしれないけど、どうしてもできなくて。ならば小さい緑色のリボンだったら揚げやすいんじゃないか、本当に賛同してもらえる人には軒先に掛けてもらおうと提案して、下鴨周辺の全戸に緑の布を配りました。そこらじゅうに緑のリボンがたくさん掛かっているのを夢見ていたけれど、結果としては相当まばらだった。署名まではできるけれど、緑のリボンは掲げられないのかな、と。声を上げることの難しさを感じました。同時にこの問題を通してみると、京都市内だけの問題ではなくて日本全体の開発、国土をお金に変えようとする強いエネルギーを感じました。だからこそ住民皆が、自発的に強い気持ちで立ち上がって繋がっていくというのが理想で、時間が掛かるし回りくどいかもしれないけれどリボンを掲げてくれと頼み込んだりはしたくなかった。そう、まさにpeace flagみたいに日ごろの活動の中で心が同じ人と手をつないでいこう、ということ。僕もまったく同じ気持ちです。だからこうやってpeace flagのカバンさげて、参加させてもらっています。こういう旗があるのはとてもいいことです。日常的にいろんなことがあって、具体的にいまは行動できていない。でも心の中に平和がいいな、という思いがあるよ、と表明する旗印があることで、同じ思いを持つ人と繋がっていける。平和に向かっていく、極力それに近づいていく、という目標を再確認できるから」

糺の森のお話を伺いながら、peace flagの活動にも、大きな、嬉しい励ましをいただいた。

最後に、川口さんにとって平和とはなんですか?と聞いてみた。「僕自身はいま、平和なんです。平和というか、幸せです。日々の仕事も、出会う人たちとの関わりも、こうやってあなたがたと話せていることも幸せ。幸せに暮らせる状況にあること自体は、平和です。今のところは。それが脅かされているという意味では、平和ではない。みんなのひとが平和ではないかもしれない。幸せが潰されている人もいる。危険にさらされている人も居る。peace flagが目指すのは、自分一人や周囲だけでなく、見知らぬ人や遠い国の人、皆のひとが平和であること、ですね。そうすると現実には平和な状態というのはないのかもしれない。どんな場所にも幸せな瞬間はある。永遠に、ということはできないのかもしれない。だから平和は理想で、目標で、より多くの人が幸せな状態にずっとあること、を求めていくための言葉なのかもしれません。どうなのかな、これでちゃんと言えているとは、思わないけれど・・・」静かに、思いをめぐらせながら、言葉を確かめながら答えてくださった。

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普段の暮らしと、働くことと、ご自分の考え、意見、その言動を矛盾なく貫く感性が、川口さんご自身と川口美術の空間に流れる優雅で柔和で清廉な雰囲気を作っているのだな、こんな風に品格のある生き方をしたい、そう感じたインタビューでした。そして、そんな方がpeace flagの皆さんと心は一緒、と言ってくださることが大変な励みになりました。幸せな状態が脅かされることなく永遠に続くように願う、みんなのひとが思いを一緒に平和目指していけますように。川口さん、ありがとうございました!

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川口美術 基本情報

朝鮮家具をはじめとして韓国の骨董(陶磁器、ポジャギ・チョガッポ、木のもの、石のもの、文字図・冊架図など民画)を幅広く扱い、韓国の文化を伝えている。

〒606-0801京都市左京区下鴨宮河町62-23
TEL  075-781-3511

http://kawabi.jp